青空文庫で読める怖い小説5
恐怖の概念は人それぞれなので、怖くないと言われちゃうと(笑、主観で選んでるのであしからず。題名通り青空文庫からなので古典ばかりです。
①「歯車」 芥川竜之介
第二の僕、――独逸人の
所謂 Doppel gaenger は仕合せにも僕自身に見えたことはなかった。しかし亜米利加の映画俳優になったK君の夫人は第二の僕を帝劇の廊下に見かけていた。(僕は突然K君の夫人に「先達 はつい御挨拶もしませんで」と言われ、当惑したことを覚えている)それからもう故人になった或隻脚 の飜訳家もやはり銀座の或煙草屋に第二の僕を見かけていた。死は或は僕よりも第二の僕に来るのかも知れなかった。
自殺前の「ぼんやりとした不安」にとらわれていた頃の作品。もう読んでいると本当に陰鬱な気持ちになってくるので要注意。
②「瓶詰地獄」 夢野久作
ああ神様…………私たち二人は、こんな
苛責 に会いながら、病気一つせずに、日に増 し丸々と肥って、康強 に、美しく長 って行くのです、この島の清らかな風と、水と、豊穣 な食物 と、美しい、楽しい、花と鳥とに護られて…………。
ああ。何という恐ろしい責め苦でしょう。この美しい、楽しい島はもうスッカリ地獄です。
神様、神様。あなたはなぜ私たち二人を、一思いに屠殺 して下さらないのですか…………。
代表作『ドグラ・マグラ』も読めますが、長いのでこちらを。海に流れ着いた3本の瓶に入った手紙。手紙が書かれた順とは逆に構成されているところが秀逸。
③「夢十夜」 夏目漱石
「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく
盲目 のくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、背中で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。
「だから負 ってやるからいいじゃないか」
「負ぶって貰 ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」
何だか厭 になった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言 のように云っている。
「何が」と際 どい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲 けるように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然 とは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。
あまりにも有名なの持ってきてすみません(笑。私はこの中で第三夜の話にゾッとしました。夢の話なので、怖くない、不思議な話もあります。
④「金の輪」 小川未明
かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は
金色 に光っていました。太郎は目を見はりました。かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色 をたてるのであります。太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。
この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑 しました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。
童話なんですけど…最後の一文がどん底に落としてくれます(苦笑。この人の代表作『赤い蝋燭と人魚』をはじめ、他にもたくさん載ってます。
⑤「信号手」 チャールズ・ディッケンズ
「その影があらわれてから六時間ののちに、この線路の上に怖ろしい事件が起こったのです。そうして十時間ののちには、死人と重症者がトンネルの中から運ばれて、ちょうどその影のあらわれた場所へ来たのです」
『猿の手』と並び称される名作がここで読めます。 昔の小説を読みなれないと、語り手の「わたし」と信号手の会話がちょっとくどいように感じるかもしれませんが、容易に場景が想像できるのはさすがだと思います。
じつは今回はじめて青空文庫なるものを見てみました。意外といろんな作品が読めるので驚きです。著作権が死後70年に延長される動き(?)があるようですが、そうするとこちらで見られる作品もだいぶ減ってしまうのでは?と危惧しております。